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一番てっぺんに! 2

last update Last Updated: 2025-10-24 20:44:30

「外の世界は危険だ、お前が行ってもすぐに怪物の餌食になってしまうだろう」

 組んでいた腕を崩してタカクは続けて言う。

「しかし、あの裏の塔の最上階にまで行けるぐらい力を身につけたらこの結界を解いて外の世界へと行かせてやろう」

 その言葉を聞いた日からムツヤは塔の最上階を目指す日々が始まった。

 物心が付く前から塔の60階までは冒険をしていたムツヤだったが、そこから先の階段には『触手だらけのキモいし臭いしデカイトカゲ』が居る。

 近付きたくなかったので、いつもそこまで行って帰ってを繰り返していた。

 それでも塔は毎回入る度に使い道も名前も知らないけど、面白そうな物がたくさん落ちている。

 そして、それを試して遊ぶモンスターも充分に居たので、遊ぶだけだったら退屈はしなかった。

 ムツヤは塔の外まで来るとカバンから鎧を取り出す。

 走る時に邪魔になるので装備はこの便利な肩掛けのカバンにしまってある。

 だが、カバンは剣を入れるには少し小さいように見えた。

 中身が入っていたとしても全然膨らみが無かったのだが、カバンから取り出されたムツヤの手にはしっかりと鎧が握られている。

 仕掛けは簡単で、このカバンは念じながら手を突っ込むと入れておいた物をすぐに取り出せるのだ。

 更にいくらでも入るし、食べ物や薬を入れても腐らないのでムツヤの大切な宝物だった。

 まぁ、宝物と言ってもこのカバンは年に1度ぐらいは落ちているので家には10個以上予備はあるのだが。

 その予備はただ家に置いても仕方がないので、1つはタカクが体調を崩した時にと薬をたくさん入れたカバンを作ってある。

 他には多くとった魚やモンスターの肉、食べきれなかった食事も入れておく食料の備蓄用に家に1つと。

 もう1つはカバンの口を広げられたままトイレの底に置かれている。こうすると臭わない上に虫も沸かず、肥溜めに持っていく時も楽なのだ。

 後はゴミ箱に2つ使い、残りは特に使い道が思い浮かばなかったので家のタンスに入れてある。

 このカバンは使い道によっては無限の可能性があるはずだった。

 商人であれば、自分の身と馬一頭あれば無数のキャラバン隊を連れる事が出来るようなものだ。

 ありとあらゆる物を入れて移動し、売って莫大な富を生み出す事が可能だろう。

 戦争で使うのならば、余剰の武器をしまい込み、軍隊の移動中の負担を減らせる上に、腐らずに調理済みの食事がいつでも取り出せる夢のような武器庫兼兵糧庫にもなる。

 そんな、夢のような道具がご家庭の救急箱と貯蔵庫。

 それならまだマシだが、トイレにも使われている事を商人や軍師達が知ったらと思うといたたまれない。

 このカバンの存在を知ったら彼らどころか世界中の人間が喉から手が出るぐらいに欲しがるだろう。

 そんなカバン自体が値千金であるというのに、収集癖と貧乏性を兼ね備えたムツヤは基本的に塔で拾ったものは全部このカバンの中にしまっていた。

 取れた腕がくっつく薬から、何に使うのか分からない道具まで全てだ。悪知恵の働くものがこのカバンを手にしたらと思うと恐ろしい。

 話は戻り、ムツヤは裏ダンジョンである塔の扉を開けて中に入る。まず出迎えて来るのは『でっかいサワガニ』みたいなモンスターだ。

 こいつはムツヤが5歳の時から戦っているのでもはや敵というより親しみのあるおもちゃのような扱いだ。

 一度、飼ってみようと思い、家に連れて帰ってみたが、餌をやろうが撫でてやろうが襲いかかってくるので、諦めて手刀で粉砕した。

 その際にムツヤは加減を誤って部屋中にかにみそを飛び散らせ、タカクに酷く怒られたのを覚えている。

 ムツヤは剣を構え、目にも留まらぬ速度でカニを一刀両断する、カニの断面からは業火が吹き出した。

 塔の中程ぐらいまでは、触っても毒のないモンスターであれば篭手を付けた手で殴るか、足で蹴るだけで充分なはずなのだが。

 ムツヤは最近手に入れた『斬ると炎が出てくる剣』が面白くて気に入っており、ずっと使っていた。

 次々と襲いかかってくる『紫でぷるぷるした水』みたいな奴や『デカイ蝶々』『でっかい蛇』をムツヤは殴り飛ばし、蹴り飛ばし、剣で真っ二つにして燃やし、何度も階段を駆け上がる。

 そんな中、ガラスの小瓶に入った青い液体が転がっていたので拾い上げてムツヤは中身を飲み干した。

 詳しいことは知らないが、甘みがあり、味がよく、落ちている薬の中では喉が乾いた時に一番ピッタリなのでムツヤはよく愛飲している。

 これがありとあらゆる病気を治す幻の秘薬で、一本で豪邸が一軒買える代物だということをムツヤが知るのはだいぶ先の話だった。

 階層を数えながら登ると1時間もしない内に例の『触手だらけのキモいし臭いしデカイトカゲ』の下層である59階まで来る。

 アイツは近づくと吐気がするほど臭いし、触手で触られると、肌が物凄く痒くなるので今まで関わらないようにしてきた。

 だが、今日こそはアイツを倒すぞとムツヤは気合を入れて階段を登る。

 接近戦で倒せる自信はあったが、出来れば近付きたくないのでムツヤはその階の入り口に隠れて、カバンから弓と矢を取り出した。

 塔の最上階にまで行けたら外の世界へと行っても良いと言われてからずっとこの為に練習をしてきたのだ。

 ムツヤは昔から直接殴りに行ったほうが早いと弓と矢にはあまり興味が無かったので弓の扱いは初心者だった。

 だが、ここ二週間で『命中するとメッチャ光ってモンスターがパパウワーってなる弓』を練習してきたので、ムツヤにはあの触手トカゲを仕留める自信がある。

 最悪、我慢して剣で斬ればいいしと楽観的だ。

 しかし、何度か臭いで吐いてしまうだろうから出来ればやりたくは無かったが。

 片目を閉じて弓を引き絞ると、ムツヤは左手を離す。

 放たれた矢は触手トカゲの顔に当たり、例の光がパパウワーと現れ、触手トカゲは部屋中にビリビリと響き渡る咆哮を出してのたうち回った。

 その間もムツヤは素早く弓に矢をつがえ直し第2射、3射と矢を浴びせ続ける。

 命中した矢の光が消えると、そこを中心に半径40cmほどのグロテスクなクレーターを触手トカゲの体に作る。

 怒った触手トカゲは緑の毒液を放射状にばら撒いて階段の入り口の後ろに隠れていたムツヤへと降らせた。

 流石に毒液を浴びたくないとムツヤが飛び出すと、待っていたとばかりにトカゲは伸ばした触手を鞭のようにしならせて襲いだす。

 それでも、足の早くなる魔法を使い、部屋を縦横無尽に駆け巡るムツヤを捉えることは出来なかった。

 その間も絶え間なく矢の雨が降る。

 触手トカゲの発する咆哮も段々と弱くなり始め、天を見上げて一度だけ一際大きく咆哮を上げると、それを最後にその巨体は煙とともに消え去ってしまった。

 今までのムツヤの経験上、モンスターの中には死ぬと死体が残るやつと煙になって消えるやつの二種類が居る。

 死体が残るやつは食べると大体は美味いので食料になっていた。

 触手トカゲを初めて倒した達成感などは微塵も感じず、ムツヤはアイツは煙になるタイプだったのかとちょっと関心を持っただけだ。

 まぁ、肉が残ったとしてもあんなに臭いモンスターは食べる気がしないのでどうでもいいのだが。

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